黄昏雲と天気雨
オリジナル小説おきば。
のろい
- Posted at 2011.03.10
- l吐き出す言葉
手の甲に軽いやけどを負った。
やがてそれは形を浮かび上がらせた。
「T」の文字だ。
ああ、これは呪いだ。
そう思い至った。
これは死人の呪いだ。
そう思うと喜びで口端があがった。
君よ、呪うがいい。
私の身体にその名を刻んで
私を縛るがいい。
やがてそれは形を浮かび上がらせた。
「T」の文字だ。
ああ、これは呪いだ。
そう思い至った。
これは死人の呪いだ。
そう思うと喜びで口端があがった。
君よ、呪うがいい。
私の身体にその名を刻んで
私を縛るがいい。
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そういえばカウンターが
- Posted at 2011.02.01
- l日記
そういえばカウンターの数が12月か1月ぐらいに
急に減ってた。
なんかあったらしい。
なんだ、なんかって。
あれ?気のせい?と思っていたら
他のサイトさんでもそうだったらしくて
ああ、やっぱりカウンター減ってたんだあ、と思った次第。
FC2でなんか不具合があったらしいが
よくわからんのでそのまま。
てか小説かけって話だよ。
急に減ってた。
なんかあったらしい。
なんだ、なんかって。
あれ?気のせい?と思っていたら
他のサイトさんでもそうだったらしくて
ああ、やっぱりカウンター減ってたんだあ、と思った次第。
FC2でなんか不具合があったらしいが
よくわからんのでそのまま。
てか小説かけって話だよ。
小説更新
- Posted at 2011.01.17
- l日記
小説は「最終回の神様」の2話目と「その狭間」3話目
更新しました。
ゆっくり進んでいきます。
あと、FC2小説という投稿サイトにも投稿してみました。
私(林香林)のページはこちら ↓
http://novel.fc2.com/novel.php?mode=ttl&uid=8133701
こちらですでにアップしたものを、ちょっとずつ投稿してみたり。
そういえば、前に書いてたのもそのうちこのページに移動させようかと
思っていたままだったので、それもそのうちやるか。多分。
でも昔のはなんか今より稚拙なのでどうなのかとも思う。
見直すのもなんかアレだ。なんだアレって。
更新しました。
ゆっくり進んでいきます。
あと、FC2小説という投稿サイトにも投稿してみました。
私(林香林)のページはこちら ↓
http://novel.fc2.com/novel.php?mode=ttl&uid=8133701
こちらですでにアップしたものを、ちょっとずつ投稿してみたり。
そういえば、前に書いてたのもそのうちこのページに移動させようかと
思っていたままだったので、それもそのうちやるか。多分。
でも昔のはなんか今より稚拙なのでどうなのかとも思う。
見直すのもなんかアレだ。なんだアレって。
その狭間 3
- Posted at 2011.01.17
- lその狭間(掲載中)
その狭間 3
日課のように天気予報を調べる自分を異常だな、と久坂は思う。執着にも似ている。思い通りにならないから、変にこだわってしまうのかもしれない。
久坂が一人で屋上で夜明けを迎える回数は、すでに片手を超えていた。あれからおよそひと月が経つ。
久坂は、数日に一度はここに来るようになっていた。季節は冬に変わりつつあった。
いつまでこんな事を続ける気だろうか。飽きるまでか、会えるまでか。しかしこの一ヶ月通った屋上に、またあの男が来ることは最早考えられなかった。
どこかで区切りをつけなければならない。そうは思っていても、ひょっとしたら今日こそは現れるのではないか、という淡い期待を捨てきれずに足を運び、結局は今に至っている。
せめて冬が終わるまでは待ってみようか。ぼんやりとそんなことを考えて、久坂は自分の思いついたその考えにハッとした。今までこんなにも何かに、誰かに、執着したことはなかった。しかしそれは手に入らないからこそかもしれない。煩悶と葛藤が、このところの久坂の内側に渦巻いていた。
朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。陽の射さない時間帯の行動はさすがにきつい。久坂はただでさえ寒がりだ。やはりマフラーを新調すべきか。自分の首筋を撫でて身震いをした、夜明けだった。
一段と風が強い日だった。夜の明けるのを、一人屋上の壁にもたれながら眺めていた。少し離れた傍らに、開かれないままの扉がある。いつでも誰が来てもいいように、久坂は空を眺めながらも常にそこに意識を置いていた。
雲はなく、ただ空気が夜から朝へと静かにその色を変えはじめていた。きれいだと思った。
久坂はそれまであまりじっくり空を見たことがなかった。青い空も、暗い夜も、ただ当たり前のものだと思っていた。
あの日の朝焼けは確かに久坂を感動させた。それ以来、久坂はふと空を見上げることが多くなった。そしてそれをきれいだとも思うようになった。空の色は毎日微妙に違う色を作り、それは時間帯によっても刻々と変化する。すなわち、空の色が同じことがなかった。そんな事を発見し、感動した。同じ空が二度とないならば、あの日あの時間帯に、あの朝焼けを誰かと一緒に見たことは、やはり特別なことのように久坂には思えた。
あの時、男はその空をカメラに収めていたのだろうか。聞いてみたい。久坂にとってはその特別な日の空を、どんな風にあの男は見ていたのだろうか。
そうしてぼんやりと空を見上げて風に吹かれていると、聞き慣れない音が風の音に混じって聞こえた。いや、久坂にはある意味聞きなれた音だったが、この屋上でこの時間帯にその音が聞こえたのは初めてだった。
ギシギシと金属の擦れる音だ。屋上に続く、まさに久坂が意識下に置いている扉の音だった。
久坂の心臓は途端に早鐘を打った。壁にもたれながら、じっとドアノブが動くのを見詰めた。
ガコン、と大仰な音が響き、ゆっくりと扉が開きはじめる。久坂にはその光景がまるでスローモーションのように映っていた。
誰だ。一瞬の内に、期待と不安が久坂の身体の中を駆け巡った。扉を開いたその主が現れるまでの数秒が、久坂にはひどく長く感じられた。
ぽっかりと開かれたその空間から姿を現したのは、果たして久坂の求める人物だった。
自分の息を呑む音が妙に大きく聞こえた。
ああ、やっと会えた。
男はしばらく扉を開けたまま辺りを見回した後、佇む久坂の姿をその目に認めた。すると驚いたような、ほっとしたような複雑な表情を浮かべた。久坂はそれに一瞬ふと違和感を感じた。
久坂が目を離せずに見つめ続けていると、男は逡巡するような仕草を見せた後、久坂の前にゆっくりとその歩を進めた。
男はダウンジャケットを羽織っていた。今日はちゃんと厚着してるんだなと、久坂はとりあえずそのことにほっと胸を撫で下ろした。この前のような薄着だったら、久坂は迷わず自分の上着を着せるつもりだった。そんなことまで考えていた自分に、内心で苦笑した。
男は久坂の目の前まで来ると、自分の右腕を差し出すようにした。その手の先には小さな紙袋が握られていた。
「何」
久坂は自分の声が上擦っていなかったことに密かに安堵した。
「・・・この前のマフラー。ありがとう」
男の声を聞いたのは、これが初めてだった。少し掠れた声だった。
男は久坂の姿を認めてから今まで、ずっと目を合わせなかった。その目は戸惑うように揺れていたが、先日の人形のような無機質なものではなかった。
ああ、そうか。
久坂はそこで先ほどの違和感の正体に気付いた。今日の男にはちゃんと表情がある。揺れている瞳も、久坂を見つけた時の戸惑いも、内側から表面に染み出してきたものなのだろう。男は人形でも幽霊でもなく、人間だった。その表情も仕草も、最早先日の面影は見付けられなかった。あれからどういった変化が男に起こったのかは久坂には分からない。しかしそんな豊かな表情を今久坂に向けてくれているのは事実だった。久坂はそれが震える程に嬉しかった。
しかし男は何の反応もしない久坂を訝しく思い、その目を久坂の顔に向けた。
久坂と男がきちんと互いの目を合わせたのは、それが初めてのことだった。
男はすぐにまた目を逸らし、今度は久坂の胸にその紙袋とぐっと押し付けた。
久坂はやっとそれに気付き、慌てて紙袋を掴んだ。その拍子に微かに触れた男の指が、氷のように冷たいことに驚いた。思わずその指を手に取り、自分の息を吹きかけて温めたいという衝動に駆られた。
それをぐっと抑えるように「別に返さなくても良かったのに」と低く呟いた。
それを聞いた男は一瞬目を瞠ったかと思うと、今度は目を伏せて小さな声で「そういうわけには・・・」と吐息のように返した。
男と会話をしている。ただそれだけのことに、久坂は密かに感動した。
久坂は男のその様子を見ながら、紙袋の中からマフラーを取り出した。いつも自分が使っていたもののはずなのに、初めて手にした時のように新鮮な感触だった。それをくるりと、自分の冷えていた首に巻く。ふわりと石けんの香りがした。わざわざ洗濯までしてくれたのか。真面目なんだなとまた密かに感心して、男の服からも同じ香りがするのだろうかと考えた。考えて、やっぱり自分は異常だなとぼんやり思った。新しく生まれ変わったマフラーは、久坂の身体をじんわりと温めた。
日課のように天気予報を調べる自分を異常だな、と久坂は思う。執着にも似ている。思い通りにならないから、変にこだわってしまうのかもしれない。
久坂が一人で屋上で夜明けを迎える回数は、すでに片手を超えていた。あれからおよそひと月が経つ。
久坂は、数日に一度はここに来るようになっていた。季節は冬に変わりつつあった。
いつまでこんな事を続ける気だろうか。飽きるまでか、会えるまでか。しかしこの一ヶ月通った屋上に、またあの男が来ることは最早考えられなかった。
どこかで区切りをつけなければならない。そうは思っていても、ひょっとしたら今日こそは現れるのではないか、という淡い期待を捨てきれずに足を運び、結局は今に至っている。
せめて冬が終わるまでは待ってみようか。ぼんやりとそんなことを考えて、久坂は自分の思いついたその考えにハッとした。今までこんなにも何かに、誰かに、執着したことはなかった。しかしそれは手に入らないからこそかもしれない。煩悶と葛藤が、このところの久坂の内側に渦巻いていた。
朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。陽の射さない時間帯の行動はさすがにきつい。久坂はただでさえ寒がりだ。やはりマフラーを新調すべきか。自分の首筋を撫でて身震いをした、夜明けだった。
一段と風が強い日だった。夜の明けるのを、一人屋上の壁にもたれながら眺めていた。少し離れた傍らに、開かれないままの扉がある。いつでも誰が来てもいいように、久坂は空を眺めながらも常にそこに意識を置いていた。
雲はなく、ただ空気が夜から朝へと静かにその色を変えはじめていた。きれいだと思った。
久坂はそれまであまりじっくり空を見たことがなかった。青い空も、暗い夜も、ただ当たり前のものだと思っていた。
あの日の朝焼けは確かに久坂を感動させた。それ以来、久坂はふと空を見上げることが多くなった。そしてそれをきれいだとも思うようになった。空の色は毎日微妙に違う色を作り、それは時間帯によっても刻々と変化する。すなわち、空の色が同じことがなかった。そんな事を発見し、感動した。同じ空が二度とないならば、あの日あの時間帯に、あの朝焼けを誰かと一緒に見たことは、やはり特別なことのように久坂には思えた。
あの時、男はその空をカメラに収めていたのだろうか。聞いてみたい。久坂にとってはその特別な日の空を、どんな風にあの男は見ていたのだろうか。
そうしてぼんやりと空を見上げて風に吹かれていると、聞き慣れない音が風の音に混じって聞こえた。いや、久坂にはある意味聞きなれた音だったが、この屋上でこの時間帯にその音が聞こえたのは初めてだった。
ギシギシと金属の擦れる音だ。屋上に続く、まさに久坂が意識下に置いている扉の音だった。
久坂の心臓は途端に早鐘を打った。壁にもたれながら、じっとドアノブが動くのを見詰めた。
ガコン、と大仰な音が響き、ゆっくりと扉が開きはじめる。久坂にはその光景がまるでスローモーションのように映っていた。
誰だ。一瞬の内に、期待と不安が久坂の身体の中を駆け巡った。扉を開いたその主が現れるまでの数秒が、久坂にはひどく長く感じられた。
ぽっかりと開かれたその空間から姿を現したのは、果たして久坂の求める人物だった。
自分の息を呑む音が妙に大きく聞こえた。
ああ、やっと会えた。
男はしばらく扉を開けたまま辺りを見回した後、佇む久坂の姿をその目に認めた。すると驚いたような、ほっとしたような複雑な表情を浮かべた。久坂はそれに一瞬ふと違和感を感じた。
久坂が目を離せずに見つめ続けていると、男は逡巡するような仕草を見せた後、久坂の前にゆっくりとその歩を進めた。
男はダウンジャケットを羽織っていた。今日はちゃんと厚着してるんだなと、久坂はとりあえずそのことにほっと胸を撫で下ろした。この前のような薄着だったら、久坂は迷わず自分の上着を着せるつもりだった。そんなことまで考えていた自分に、内心で苦笑した。
男は久坂の目の前まで来ると、自分の右腕を差し出すようにした。その手の先には小さな紙袋が握られていた。
「何」
久坂は自分の声が上擦っていなかったことに密かに安堵した。
「・・・この前のマフラー。ありがとう」
男の声を聞いたのは、これが初めてだった。少し掠れた声だった。
男は久坂の姿を認めてから今まで、ずっと目を合わせなかった。その目は戸惑うように揺れていたが、先日の人形のような無機質なものではなかった。
ああ、そうか。
久坂はそこで先ほどの違和感の正体に気付いた。今日の男にはちゃんと表情がある。揺れている瞳も、久坂を見つけた時の戸惑いも、内側から表面に染み出してきたものなのだろう。男は人形でも幽霊でもなく、人間だった。その表情も仕草も、最早先日の面影は見付けられなかった。あれからどういった変化が男に起こったのかは久坂には分からない。しかしそんな豊かな表情を今久坂に向けてくれているのは事実だった。久坂はそれが震える程に嬉しかった。
しかし男は何の反応もしない久坂を訝しく思い、その目を久坂の顔に向けた。
久坂と男がきちんと互いの目を合わせたのは、それが初めてのことだった。
男はすぐにまた目を逸らし、今度は久坂の胸にその紙袋とぐっと押し付けた。
久坂はやっとそれに気付き、慌てて紙袋を掴んだ。その拍子に微かに触れた男の指が、氷のように冷たいことに驚いた。思わずその指を手に取り、自分の息を吹きかけて温めたいという衝動に駆られた。
それをぐっと抑えるように「別に返さなくても良かったのに」と低く呟いた。
それを聞いた男は一瞬目を瞠ったかと思うと、今度は目を伏せて小さな声で「そういうわけには・・・」と吐息のように返した。
男と会話をしている。ただそれだけのことに、久坂は密かに感動した。
久坂は男のその様子を見ながら、紙袋の中からマフラーを取り出した。いつも自分が使っていたもののはずなのに、初めて手にした時のように新鮮な感触だった。それをくるりと、自分の冷えていた首に巻く。ふわりと石けんの香りがした。わざわざ洗濯までしてくれたのか。真面目なんだなとまた密かに感心して、男の服からも同じ香りがするのだろうかと考えた。考えて、やっぱり自分は異常だなとぼんやり思った。新しく生まれ変わったマフラーは、久坂の身体をじんわりと温めた。
最終回の神様 2
- Posted at 2011.01.13
- l最終回の神様(掲載中)
最終回の神様 2
考えてみれば、「早瀬の家なんて知らない」と言えば事なきを得たのだと、早瀬の家のインターホンを押した時に気付いた。
俺のバカ。
いや実際知ってるけどさ。俺の家と学校の通り道だし。来たことはないけど、朝とか帰りとか、何度か早瀬が出入りしているのを見たことあるし、表札にも「早瀬」って書いてあるし。
別に早瀬のことなんて知りたくないけど。たまたま知ってるだけだし。だから担任なんてうまくごまかせたのだ。俺がその時冷静だったなら。ああ、俺のバカ。
しかし今更悔やんでも仕方ない。こうなったら俺はさっさとプリントを早瀬に渡して、さっさと家に帰る事に全力をそそぐのみだ。
間延びしたインターホンが鳴った後、玄関に顔を出したのは女の人だった。中年という程年はいってない。ああ、早瀬の母ちゃんか、とすぐに分かった。何か似ている。目の形とか、鼻筋とか、雰囲気とかが。そうか、やっぱあいつ顔整ってんだな。
「シンのお友達?」
早瀬の母ちゃんの声ではっと我にかえった。
『シン』って誰だ?とまた一瞬考え込んで、そういえば早瀬はそんな名前だったかも知れないと思った。いっつも名前なんて呼ばないから、すぐに分からなかった。
てか、俺は別に早瀬の友達じゃないし。どっちかっていうと天敵だし。でもそんなこといちいちここで説明しても、時間の無駄だし、早瀬が後から母ちゃんに何か言われるのもアレだしな。
そういうわけで、俺の出した答えは
「クラスメイトです」
だった。それ以上は詮索されることはないだろう。俺は鞄の中から、預かっていたプリントを取り出して、早瀬の母ちゃんに渡した。
「これ、先生に頼まれんたんで」
「まあ、わざわざありがとう」
早瀬の母ちゃんはにっこりとした笑顔でそれを受け取ると、俺と手許を交互に見比べた。
「良かったら、上がっていかない?」
せっかくお見舞いに来てくれたんだし、と続けられた言葉に、俺は勢いよく首を横に振った。
いやいや、お見舞いなんて、一言も言ってないからね、俺。プリント届けに来ただけだからね。
「もう熱も引いたし、大丈夫よ」
いやいや、そういう問題じゃない。見舞いに来たつもりなんて全くないし、そもそも早瀬の家に来たのも初めてだし、どう考えても仲良くないだろこれ。
俺と早瀬は天敵で仲悪くて、教室ではしょっちゅうケンカばっかりしてるけど、今日はたまたま担任にプリント届けるように頼まれたから、仕方なく来ただけだったんですって説明すればよかったのか、これ。
ちょっとずつ後ずさっている俺に、早瀬の母ちゃんはおおらかな顔で扉を開けて、中に入るように促している。なんなんだ。今どきの大人は子どもの話を聞かないのがブームなのか。
どうしよう。どうしたもんか。いや、帰ればいいんだけど。用事あるからって言って。てか用事あるじゃん俺!しかもすごい大事な用事。何俺ちょっとパニックになってそんな大事なこと忘れてんだよ。
「いや、俺」
言いかけた俺の言葉にかぶさるように、もうひとつ声が聞こえた。
「誰? お客さん?」
ちょっとかすれた声だ。姿を見なくても、早瀬だとすぐに分かった。早瀬の母ちゃんが声がした後ろを振り返って
「あ、シン、お友達よ。お見舞いに来てくれたの」
と言い放った。あ、やっぱり早瀬って名前『シン』ていうんだ。
・・・って、ちょっと待てい。見舞いじゃなくて、プリント届けに来ただけだっつーの。なんでマジで大人って勝手なんだ。しかも母ちゃん知んないと思うけど、俺達超仲悪いんだって。そんな『見舞い』とか有り得ないから。
「・・・友達?」
母ちゃんが半身になって、早瀬に玄関先を見せるように動いた。つまり俺を見せた。
あ、まずい。俺はその瞬間、マジでダッシュで逃げようと思った。
「げ」
その時の早瀬の顔ったらない。うん、うん。分かるよ、分かる。俺がもし逆の立場で、早瀬に見舞いに来られたりした日にゃあ、多分同じ顔するね。そんで同じく「げ」って言うね。うん、まず間違いない。
「よ、よう」
かろうじて俺から出た言葉はそれぐらいだった。俺と早瀬はお互い目を逸らしたまま、そこにはものすごく気まずい空気が流れた。
よし、もう退散しよう。もうここに居る必要はないだろう。プリントを渡すという約束は果たした。何よりなんかいらぬ恥もかいた。今度こそダッシュで帰ろう、ダッシュで。いや、別に逃げるとかじゃないけどね。
そう思って動こうとした俺に、早瀬はとんでもないことを言った。それが早瀬から発せられたものだとは思えず、俺は思わずじっとその顔を見つめた。あ、やっぱりこいつ母ちゃん似だな、と全然関係ないことを思った。
「上がってけば」
早瀬は確かに今そう言ったのだ。何か目は逸らされたままだけど。『上がってけば』ってどういう意味だ? まさか家に上がっていけってこと? いや、それは無いよな、うん。
目をぱちくりさせて固まっている俺に、早瀬の母ちゃんは笑いながら言った。
「シンもそう言ってるし、ちょっと上がっていって?」
プリンもあるし、という母ちゃんの言葉に、俺は思わず反応してしまった。バカ。俺のバカ。でもまさか諦めていたプリンがここで来るとは。
早瀬の母ちゃんはクスクス笑いながら、奥に引っ込んでしまい、早瀬は早瀬で、玄関前にある階段をさっさと一人で昇っていってしまった。
え、どうすんのこれ。もう上がるしかない? 何でこんなことになってんの。
・・・ええい、もう知らん。俺は負けた。プリンの誘惑に。
俺は玄関の扉を閉めて、靴を脱いだ。早瀬の母ちゃんが消えていった方に「おじゃまします」と言うと、「どうぞ~」とさっきと同じ声が返ってきた。
何となくほっとしながら、俺は今早瀬が昇っていった階段に足を踏み入れた。
考えてみれば、「早瀬の家なんて知らない」と言えば事なきを得たのだと、早瀬の家のインターホンを押した時に気付いた。
俺のバカ。
いや実際知ってるけどさ。俺の家と学校の通り道だし。来たことはないけど、朝とか帰りとか、何度か早瀬が出入りしているのを見たことあるし、表札にも「早瀬」って書いてあるし。
別に早瀬のことなんて知りたくないけど。たまたま知ってるだけだし。だから担任なんてうまくごまかせたのだ。俺がその時冷静だったなら。ああ、俺のバカ。
しかし今更悔やんでも仕方ない。こうなったら俺はさっさとプリントを早瀬に渡して、さっさと家に帰る事に全力をそそぐのみだ。
間延びしたインターホンが鳴った後、玄関に顔を出したのは女の人だった。中年という程年はいってない。ああ、早瀬の母ちゃんか、とすぐに分かった。何か似ている。目の形とか、鼻筋とか、雰囲気とかが。そうか、やっぱあいつ顔整ってんだな。
「シンのお友達?」
早瀬の母ちゃんの声ではっと我にかえった。
『シン』って誰だ?とまた一瞬考え込んで、そういえば早瀬はそんな名前だったかも知れないと思った。いっつも名前なんて呼ばないから、すぐに分からなかった。
てか、俺は別に早瀬の友達じゃないし。どっちかっていうと天敵だし。でもそんなこといちいちここで説明しても、時間の無駄だし、早瀬が後から母ちゃんに何か言われるのもアレだしな。
そういうわけで、俺の出した答えは
「クラスメイトです」
だった。それ以上は詮索されることはないだろう。俺は鞄の中から、預かっていたプリントを取り出して、早瀬の母ちゃんに渡した。
「これ、先生に頼まれんたんで」
「まあ、わざわざありがとう」
早瀬の母ちゃんはにっこりとした笑顔でそれを受け取ると、俺と手許を交互に見比べた。
「良かったら、上がっていかない?」
せっかくお見舞いに来てくれたんだし、と続けられた言葉に、俺は勢いよく首を横に振った。
いやいや、お見舞いなんて、一言も言ってないからね、俺。プリント届けに来ただけだからね。
「もう熱も引いたし、大丈夫よ」
いやいや、そういう問題じゃない。見舞いに来たつもりなんて全くないし、そもそも早瀬の家に来たのも初めてだし、どう考えても仲良くないだろこれ。
俺と早瀬は天敵で仲悪くて、教室ではしょっちゅうケンカばっかりしてるけど、今日はたまたま担任にプリント届けるように頼まれたから、仕方なく来ただけだったんですって説明すればよかったのか、これ。
ちょっとずつ後ずさっている俺に、早瀬の母ちゃんはおおらかな顔で扉を開けて、中に入るように促している。なんなんだ。今どきの大人は子どもの話を聞かないのがブームなのか。
どうしよう。どうしたもんか。いや、帰ればいいんだけど。用事あるからって言って。てか用事あるじゃん俺!しかもすごい大事な用事。何俺ちょっとパニックになってそんな大事なこと忘れてんだよ。
「いや、俺」
言いかけた俺の言葉にかぶさるように、もうひとつ声が聞こえた。
「誰? お客さん?」
ちょっとかすれた声だ。姿を見なくても、早瀬だとすぐに分かった。早瀬の母ちゃんが声がした後ろを振り返って
「あ、シン、お友達よ。お見舞いに来てくれたの」
と言い放った。あ、やっぱり早瀬って名前『シン』ていうんだ。
・・・って、ちょっと待てい。見舞いじゃなくて、プリント届けに来ただけだっつーの。なんでマジで大人って勝手なんだ。しかも母ちゃん知んないと思うけど、俺達超仲悪いんだって。そんな『見舞い』とか有り得ないから。
「・・・友達?」
母ちゃんが半身になって、早瀬に玄関先を見せるように動いた。つまり俺を見せた。
あ、まずい。俺はその瞬間、マジでダッシュで逃げようと思った。
「げ」
その時の早瀬の顔ったらない。うん、うん。分かるよ、分かる。俺がもし逆の立場で、早瀬に見舞いに来られたりした日にゃあ、多分同じ顔するね。そんで同じく「げ」って言うね。うん、まず間違いない。
「よ、よう」
かろうじて俺から出た言葉はそれぐらいだった。俺と早瀬はお互い目を逸らしたまま、そこにはものすごく気まずい空気が流れた。
よし、もう退散しよう。もうここに居る必要はないだろう。プリントを渡すという約束は果たした。何よりなんかいらぬ恥もかいた。今度こそダッシュで帰ろう、ダッシュで。いや、別に逃げるとかじゃないけどね。
そう思って動こうとした俺に、早瀬はとんでもないことを言った。それが早瀬から発せられたものだとは思えず、俺は思わずじっとその顔を見つめた。あ、やっぱりこいつ母ちゃん似だな、と全然関係ないことを思った。
「上がってけば」
早瀬は確かに今そう言ったのだ。何か目は逸らされたままだけど。『上がってけば』ってどういう意味だ? まさか家に上がっていけってこと? いや、それは無いよな、うん。
目をぱちくりさせて固まっている俺に、早瀬の母ちゃんは笑いながら言った。
「シンもそう言ってるし、ちょっと上がっていって?」
プリンもあるし、という母ちゃんの言葉に、俺は思わず反応してしまった。バカ。俺のバカ。でもまさか諦めていたプリンがここで来るとは。
早瀬の母ちゃんはクスクス笑いながら、奥に引っ込んでしまい、早瀬は早瀬で、玄関前にある階段をさっさと一人で昇っていってしまった。
え、どうすんのこれ。もう上がるしかない? 何でこんなことになってんの。
・・・ええい、もう知らん。俺は負けた。プリンの誘惑に。
俺は玄関の扉を閉めて、靴を脱いだ。早瀬の母ちゃんが消えていった方に「おじゃまします」と言うと、「どうぞ~」とさっきと同じ声が返ってきた。
何となくほっとしながら、俺は今早瀬が昇っていった階段に足を踏み入れた。